社内の保身兼保守派との争いに敗北したことで

社内の保守派

現状維持を主軸とする思考を持ち
変化を嫌い競争を嫌い
最も自身の保守を最大目的とする
人間集団を指すよ

辞めた理由
それは辞めたくてやめたんじゃない
人間の保守の精神に敗北したのだと今思う

私は2007年に新卒で会社に入社した

それから4年間は
日本全国市区町村単位を駆け巡り
広告を売る営業をしていた

4年目に花が咲き
3ヶ月連続でノルマを圧倒的に超える
営業成績を収めるまでに至り
昇進した

2011年4月から
新卒教育長、大阪仮支店長、SNS事業営業統括主任
これらを同時にこなした
新卒入社時から目をかけてくれていた社長は
営業実績拡大への私の考えを尊重してくれていた

商品の価格や内容はずっと同一であり
極めて変化の激しいインターネットサービスの中で
何の変化もなかったため
顧客離れが進んでいた

少なくとも顧客のニーズを大量に抽出しデータ化し
優先順位を付けて実行可否を決定しなければならなかった
しかしこれらに関して実行可否の議論はまともに起こらなかった

特にエンジニアや全く関係のない部署にいて役員を兼務する人間
また昼間に読書をして営業マンがテレアポをしている前の席で
いねむりをする年老いた役員が議論を常にうやむやにしてきた

別に今
必死でそこに取り組む必要はない
彼らの言い分は保守派ならばわからないでもない

主な収益源は自らが広告を打ち集客を行って
その集客数で課金するモデルであったため
結局はどのくらい広告を打つのかどうかによって
業績が著しく変わっていたからだ

しかし上場した以上は
該当サービス以外の収益源の確保と向上が常に求められる
私が担当していたのは
まさに株主が求めている新収益源確保と向上による
全体の営業利益増加であったが
保守派はここの営業利益増加施策に関して意思決定を遅延させた

上場、、、
株主に喜んでもらう責任を負い
ましてや役員は新収益源確保と向上に関して
徹底的に毎日誰よりも考えて議論して
PDCAサイクルを最速化させ続ける行動をとらねばならない
その行動の果てに部下に対しての説明責任はもちろんのこと
腹のそこまで納得のいく話をしなければならない
それができてこそ全員が一丸となれて収益増加に繋がっていく
そうあるべきであると今でも思う

しかし
彼らはこの考えを知っていてなぜか意思決定をしなかった
理由は私が成功を収め新収益源を確保向上させ役員になる
可能性が極めて高く
またそうでない時点でも社長と連動して
今いる役員を切っていく恐怖が蔓延していたからと
退職してから残った社員の一部から耳にした

つまり
社長を更迭させる要因を生み出すことで
自然と私もやめることを分かっていて
わざと意思決定を行わずに減収減益に追い込んだといえる

辞めた理由
それは辞めたくてやめたんじゃない
人間の保守の精神に敗北したのだと今思う

IT系は会話がなくお昼もひとりきり

IT系のお仕事、特にプログラミングに関してのお仕事はコミュニケーション能力が少し低めの人も多いというのがあるのかもしれませんが入社するまでまさかそこまで酷いとは思いもしませんでした。
当初私は、1日の大半を過ごすのですから少しは同僚を話ができたり、仕事を進めるためにコミュニケーションをとりながら出来るだけ楽しくお仕事をしたいと思い入社しました。そしてお仕事は全て話し合いながら進めるものだから楽しい以外にないと信じておりました。
それが、、、新しい社員が入社したというのに、誰も新人である私に関心がないようでした。
それは私だけの問題ではなく、誰が入ってきても同じでした。
それでも誰かの悪口をいうわけでもなくただ、黙々と仕事をする人たち、みんな人には興味がないように感じられました。
私もみんなに合わせて、喋らず、質問せず、提案せず、ただただ言われることを調べてこなすようになっていき、表情筋もまるで使わない日々の中で
ふと、友達に会った時、「あれ?なんかあった?老けたんじゃない?」と言われました。
そして気がついたのです。日々、人生がつまらないと・・・
1日の大半を過ごす仕事場で会話がないのは楽なようで年月が経つとそれがだんだんと寂しくて辛くなってきます。
最初はやりがいを感じても、徐々になんのために仕事をしているのかわからなくなるのです。
誰とも話をせずに何年も仕事をこなすのはやはり大きなストレスになるのでしょうか。
黙々と仕事をし、黙々とご飯をひとりで食べ、喋る人がいないからさっと食べては、またオフィスに戻り戻ったらなんとなく仕事をすることになる。
ノルマばかり押し付けられ、終わらないと帰れない、誰かが助けてくれるわけでも教えてくれるわけでもなく、出来上がったからといって褒めてもらえるわけでもない。
一つの案件がなんとかやっと終わっても、また同じように忙しい日々の業務が始まるのです。
エンドレスな世界そう思えてしまい、このままではいいのかと思うと眠れないくらい悩んでしまい、そして普通なら同僚と分かり合えるはずのそんな悩みすら誰にも話すことができず、眠れない日々が多くなりついには、心療内科に通うようになりました。
病院で処方された薬を飲みながらの仕事は、頭が朦朧としてぼーっとしていまい帰って辛かったです。
家族のために仕事を安易に辞めることはできないと思っていましたが、仕事の進み具合も悪くなり、会社からも良い顔をされず結局やめてしまいました。
家族に支えられながら、やめてしまったことに悩む日々もありましたが今は元気になり、心療内科で薬を処方してもらうことなく眠れるようになり
人とたくさん話す営業の仕事で充実した日々を過ごしております。
人には合う、合わないがあるので合わないのに無理をしすぎるのはどうかと思います。
転職を一つの機会に幸せな人生を歩んでいきたいです。

年齢とともに課される責任の重さに耐えかねて…大手銀行関連会社プログラマー

幼少期から機械やパソコンをいじるのが大好きだった私。論理的思考にも長けていたため、大学は迷わず工学部の情報システム関係の学科に進学。卒業後は大手銀行関連会社に就職しました。仕事は主にシステム開発のプログラミングを任され、なかなかの成績をあげることができ、順風満帆のように思えました。
しかし、雲行きが怪しくなってきたのは30代に入ってからです。肩書きは”プログラマー”ですが、徐々に”システムエンジニア”や他の社員との連携を必要とする仕事を任されるようになってきたのです。もともとコミュニケーション能力の乏しい私は、社員の間で仕事を割り振ったり後輩の指導をしたり…ということになかなか慣れることができずにいました。しかし、年齢とともに任される仕事が変化し、責任が重くなっていくのは当然です。プログラミングだけに集中するのは、若い社員の方が能力は遥かに上。自分は分岐点に立っているのだということを認識することはできていたつもりでした。
そして、ある時、新しい仕事のプロジェクトリーダーを任されました。今になって考えると、自分がこの会社を辞めた大きな理由はここから始まったように思います。大きな仕事でしたので、帰宅時間はいつも日付を超えてしまい、睡眠時間を削らなければなりませんでした。あまり残業時間を報告すると、その分人件費がかかって赤字が出てしまう可能性があったので、控えるようにしていました。そのため長時間労働を強いられていたのにも関わらず、収入は変わりなく、肩書きもプログラマーのまま。しかし尊敬する先輩社員は、何度も私を飲みに誘い、「お前は期待されているんだよ。今を乗り越えれば、きっと成長できる。今が踏ん張りどきなんだ。」と繰り返し激励してくださいました。その言葉を信じ、慣れない立場での仕事に没頭する日々が続きました。その結果、私の真面目な性格がどんどん自分を追い詰めていったのです。
精神科を受診したのは、そのプロジェクトの納品が終わってしばらく経った頃です。プロジェクトは結局自分のミスで赤字となってしまいました。私はそのことですっかり自信喪失してしまいました。何かおかしいなと思い始めたきっかけは、早朝に何度も目が覚める症状でした。うとうとしたと思ったらハッと目が覚める。これが10分おきに続きました。そして、出勤前の異様な緊張感。手足が汗でぐっしょり濡れ、心臓の鼓動が早くなり、胸が苦しくなりました。会社に着くと、ふらふらして集中力がなく、全く仕事に手がつきません。これはもう限界だ、と感じ、思い切って精神科の門を叩きました。
何ヶ月か通院し、医師の勧めにより半年間休職をすることを決め、私の休職をきっかけに妻が薬剤師の仕事の方に集中してくれることになりました。そして私は家事をするようになりました。はじめは慣れずに戸惑ったものの徐々に慣れ、日々の生活を楽しむ余裕すら出てきたのです。症状も改善し、生き生きと毎日を送ることができるようになりました。
その生活の中で繰り返し考えていたのは、「自分は何のために働いていたのか」ということです。あんなに安月給にもかかわらず身を粉にして、何が良かったのだろう。無理をして慣れない仕事を任され、適応することができず、挙げ句の果てに精神科、休職…。そこで至った結論は、「自分は仕事人間ではなかったのだ」ということでした。仕事を生き甲斐にし、家族を経済的に支える、というのが大抵の男性像なのでしょうが、私はそうではありませんでした。妻の仕事の収入で十分生活できていたので、最終的に思い切って休職後、そのまま辞職することにしました。今は主夫として、妻を支え日々頑張っています。

IT業界。創業社長はすべてを知らなければ落ち着かないものかもしれません。

多くの大手飲食チェーン店を主な顧客として成長してきた、業界では名前の通ったIT企業です。
私は営業部員として新規開拓営業を行っていました。新規営業はテレアポを行い、顧客訪問も繰り返し行うなどし、実績は上げていました。
テレアポや新規にお客様のところへ訪問することは私自身はそれ程のストレスがなくこなしていけていました。
しかし、社内でのことがお客様と接することよりもとても大変でストレスをためる一番の原因でした。
社内は創業社長ということもあり、よくあることですがワンマン社長で、300人程社員がいる規模にも関わらずすべての案件に目を通し、納得しないと何も動かないという環境でした。
案件に関しても、少額の経費に関しても全て社長のサイン入り稟議書が必要に必要となる社内システムでした。
私が経験し、一番印象に残っているのは新規訪問を飛ばしていきなりの案件レビューがあったことです。
案件の進捗に関して、現場の新規顧客訪問などお構いなしに、呼び出しがあり、テレアポの努力を水の泡にしてしまったことがありました。
そして内容は、訪問準備をしている際に、社長から「あの案件はどうなっているのか話を聞きたいから、何時に俺のところに来い。」とのことでした。
訪問までまだ時間があるから30分もあれば何とかできると思い、現状の資料をすべて持ち、レビューが開始されました。
先ずは、初期訪問の内容を報告し、現状提案先がどのような状況かを一通り説明している際に、ファイリングの仕方が社長の意向に沿っておらず、社長が確認しにくいとの理由でファイルを投げつけられてそれを拾おうとしたらファイルと一緒に蹴りあげられました。あとで確認するとあざができていました。
そして次に、社内資料である概算での予算表を説明する際に、「俺が知らない数字がある、資料を作る前に俺に相談しろ」とのことで、頭を殴られることがありました。
結果として、なぜその数字が稟議前資料に起こされているのかを各部門長同席で説明とのことで、結果として新規訪問は別の日に振り替えていただいたのですが、お客様の第一印象は最悪でした。
その後の緊急の打ち合わせでは数字を出した各部門長は言われたから出したという状態で、私よりも上役なのに、責任をすべてこちらに丸投げするような感じでした。
社長自身も熱い人柄で一度火がつくと、パワハラ全開でした。
社長としては、この会社は軍隊式だ!と愛のある叱咤激励の考えなのですが、やられているほうは単なる暴力としかとらえられませんでした。
結果としては、労働基準監督署に入ってもらい、是正後、私は転職をしました。

IT関連企業の出向サービスエンジニア 40代女性 2年目

某IT関連企業の契約社員として、提携先の企業でパソコンのメンテナンスや導入されているソフトの使い方に関するお客様対応に回っています。色々な企業でのIT環境に触れたりや色々な方にお会いしてお話しができるのはとても面白いのですが、給料の低さと会社の体制の悪さから転職を考えています。
契約書では1日8時間勤務、自宅から直行直帰で、内1時間を自宅で作業することになっています。1か月に1日は研修があり、本社に出勤します。
給料は日給制なので、月の稼働数によって月給が変わってきます。また、月1回の本社出勤時は研修なので、研修給扱い。通常の日給の半分ほどで、通勤に1時間近くかかるのに交通費も出ません。まあ、もちろんボーナスなんて出ませんし、退職金の話もなし。稼働日が少ない月が続くと、雇用保険も払ってもらえず…。昇給や正社員の話は全くないので、将来が見えない状態です。
通常勤務後の自宅での作業は、自前のパソコンでの報告書作成、会社からの連絡事項の処理など。報告書は記入事項が多く、また会社からの連絡に対するメールの返答などは、とても1時間で終わらず、2,3時間の延長は当たり前。もちろん通信費の補助は出ません。稼働日以外の日もこのサイトを見ないと、会社からの指示に対応できないため、その時間も給料を払ってもらいたいと切に思っていますが、正社員で構成されている会社の方々に言っても何も聞いてもらえなさそうで、泣き寝入り状態です。  給料が足りずに生活できないので、副業をしていますが、本来なら申請が必要です。確定申告の時期が来るたびにドキドキしながらも、副業は続けています。生活できるレベルの給料ではないのに、副業まで干渉する企業の姿勢に疑問を感じます。
現場での会社の体制ですが、現場で戸惑いが生じたときは、必ず上司に電話で相談することになっています。携帯はもちろん自前なのでワンギリして上司からの連絡を待つのですが、なかなか連絡してもらえず、しびれを切らして自腹で電話をしてそのまま出てくれるまで待つことも多々あります。上司の指示はその場でははっきりしているのですが、同じケースで相談しても、別の日には違う指示が出たりして、振り回されることがよくあります。こちらが以前の指示通り行動すると、違うと怒られたりすることがよくあるのです。会社からの直接的な指示はとても遅く、いつも現場のお客様を待たせてしまい申し訳ない思いでいっぱいになります。IT企業なのに、連絡が遅くてイライラします。
また、個人情報に厳しい会社であるはずなのに、提携企業に私の出身校がばらされていたりして、どこまでお客様が私のことを知っているのかハラハラしながら仕事をしています。IT関連の企業ってこんなものなのでしょうか?もう少しまともな環境で仕事がしたいです。

転職して一年、活躍の場を探しての転職のはずが・・・。

IT系の会社に勤めてキャリアを積んで10数年、その間、様々な経験を経ながら困難を乗り越え成長してきた自分。
当時は受託開発でメンバーからPL、PMと経験を積むことでマネージャーとしてもキャリアを歩み始めた自分であったが、
会社の方針により、受託開発ではなく、パッケージに主力を入れることによる事業再編により当時所属していたメンバーの半数が部署移動する事態となる。
異動せずに残った部署では新規開発がなくなり、運用保守だけの状態となり、このまま運用保守だけで終わっていいのか、と考えるようになる。
今までシステム開発でキャリアを積んできた自分にとっての運用保守だけの職場では活躍の場はなく、今までのキャリアを生かした会社を求めて現在の会社に就職。

システム開発における上流からの経験及びプロジェクトマネジメント経験を生かして再びシステム開発に従事する未来を思い描いて転職。
事前に受託開発があることも確認し、転職してからも活躍できることを確信しての転職したはずが、受託開発ではなく、SES型の業務で客先常駐。
エンドユーザーとの交渉及び金額調整等を実施してプロジェクトを推進する立場としては受託開発を続けていくはずが、客先常駐型で客先作業に従事することになるとは思わなかった。
当初は入社して日が浅いこともあり、修行の日々と思い我慢を重ねる。
しかし、商流で大手SIerの下での作業では結果に対する責任がなく楽な代わりに自分で決定権もなく、モヤモヤする日々が続く。
そのSIerのマネジメントがよければ今後の参考にもなるが、あまりにも杜撰であったため、私の今までに経験からこのままではプロジェクトが失敗すると判断。
PMのスキル不足によりお話ししてもまともに話にならないため、その上のプロジェクト責任者にも直談判してプロジェクトを立て直すための対応策を話するも聞き入れてもらえず、
完全に失敗することを確信。
そのため、自社に対して「このままシステム開発を続けていてもプロジェクトとしては失敗するため、現場を抜けさせて欲しい」
と申し入れるが会社は聞き入れない。
いろいろ格好いいこと言いながらお客に対して物言えない姿勢、当時、自社の社員は私一人であり、
その発言に対して耳を傾けない姿勢に失望する。
最終的に数か月後にはその客先を抜けることになるが、
その間、私が発言した通りの状況となり、プロジェクトがどんどん悪化していくが、私に決定権がないためどうしようもない。
何もできない自分の無力さを感じ、本当の意味で今までのキャリアを生かせる会社を見つけるため転職を決意する。
その後聞いた話であるが、私がその客先を抜ける直前に言った悪い予言がすべて当たったことを残ったメンバーから聞いた・・・。

未だに自分の望む活躍ができていないが、自分の経験を生かしてシステム開発を成功に導き、顧客も含めたプロジェクトに携わるメンバーが皆が幸せになれることを夢見ながら転職活動に励む日々である。

法ギリギリのIT企業事務職

IT企業で働いています。いわゆる、ベンチャー企業で、ここでは営業事務をしています。
辞めたいなあと思いだした理由は色々ありますが、きっかけは職場環境(社風)です。
飲み会では必ず誰かしら潰れ、救急車がくることもしばしば。お店のトイレのドアが破壊されてたり、PCや携帯等、会社のものを無くす人もよくいます。
飲み方といえば、女の子にも飲ませたり、セクハラ、パワハラと言われても仕方ないくらいの状況が日常茶飯事です。
普段部署が違ってなかなか話せない人とも話せる場なはずなのに、まともに会話はできませんし、嫌な思いしかありません。それなのに、飲み会は参加マスト。
お金も自費ですし、なのに楽しくないし飲まされるし、飲み会恐怖症になりそうです。

また、勤務時間も大変長いです。定時が22時で、深夜まで残っている人や休日出勤する人も多くいます。
これは事務職だろうと誰かが助けてくれるわけでもく、終電まで頑張る女の子もいて、女の子の退職理由のほとんどは、親の反対や、精神面、体調面の不調です。
上司ももちろん忙しく、部下のメンタルケアなんてしている余裕はありません。
とてもいい人ですが、もう少し、課の責任者は余裕を持って周りを見るべきではないかなと思っています。

しかも、こんなに頑張っても、ボーナスもないのです。
これは同期内でも話題になったことがありますが実は、面接時の説明会では、「ボーナスあり」と確実に言っていました。
入社後、何かのタイミングでボーナスがないことを知り、ショックというか話が違うじゃないかと・・・。
しかし入社して間もない人間が言い出せる雰囲気でもなく、周りと「説明会の時言ってたよね?」と確認しあうことしかできませんでした。
今思えば、違うと思ったときにしっかり再確認すべきだったと反省しています。

このように会社に不満、不信を持つようになり、責任感だったり意欲がなくなりました。
就業時間に関しては、国のチェックが入らないのか?と不思議ですし、
飲み会であんなひどい飲み方をして会社のリスクにもなりますし、いつか死人が出るんじゃないかと思います。

幸い、いい子もいましたので励まし合いながら頑張ってこれましたが、
やりがいだったり、今後結婚して子どもが出来て、となると仕事を選べるのは今のうちだなと思うようになりました。
まだ明確に、次はこんなことをしたいというビジョンは見えてませんが、誇れる仲間や上司と切磋琢磨できる環境へトライしたいと思っています。

在宅勤務でウェブサイト運営。妊婦のストレス解消のターゲットにされたしまった新卒のおとなしい私。

自宅でのパソコンの普及率が上がりはじめ、家電と同じようにパソコンが販売されたころのおはなし。
超氷河期と言われた就職活動だった時代もあって、いろいろと活動していたものの、卒業までに内定をもらうことなく、フリーター生活をしていた。
趣味はインターネットと旅行。この2つを楽しめるような仕事ならばいいと漠然と思っていた。
卒業して半年後に、メルマガの広告でインターネットを使った在宅勤務という文字が飛び込んできた。インターネットで在宅勤務というのにひかれてしまった。メールでアポをとって、事務所へ。当時は電話回線を使うのが一般的な中、私はヘビーユーザーだったため、自宅ではケーブルテレビを契約し、ケーブルモデムを使っていて、外出先や大学では、PHSを使って使っていたことを話したら、面白いという印象を受けたらしく、その場で、契約社員でも社員でもどちらでも内定を出すけど、どちらがいいと言われたため、正社員でと答え、内定ゲット。
数日後に一緒に仕事に関わるメンバーの紹介を受けた。メンバーは私を入れて6名で、サブメンバーが数名。一部は在宅勤務らしく、遠方で打ち合わせにも顔出しできないという方もいらした。私の上に当たる方は別の仕事を抱えていたため、サブメンバーで、実際の仕事ではメンバーの中で唯一正社員だった1名の女性とやりとりして仕事を進めていくこととなった。
この人は既婚女性で自宅で子供1名を育てながら在宅勤務をしていたが、週2回クライアントの事務所へ出向していた。
仕事の内容はウェブサイト内の掲示板の運営だった。新卒でありがちなマナー研修と呼ばれるものを受けることなく、いきなりのデビュー。与えられた仕事を自分なりにこなしてはいたものの、大した教育を受けずに入ったため、このママには色々と指摘をメールで受けて、彼女は常に怒っている印象ばかり。顔が見れないメールでのやりとりに手を焼いていた。月2回のペースで社内で打ち合わせをする際も、私の正面に座り厳しいことばかり。そういう人に、どのようにアプローチすればいいか困り果てていた。しかし相談相手になるべき上の人は、そういう場でもなだめることもせずに、ただうなずいている頼りない人。そうなると相談するのは社長しかいなくなるのだが、社長は子持ちのママだから、子供を叱っている感じであなたに接しているんだろうと言うし、上の人は忙しいから厳しいから余計な心配かけるなという始末。とりあってもらえる様子ではなかった。
入社して4か月後くらいたったある日、ランチミーティングの場で、ママからつわりがひどいという話が出てきて、社長は真っ青。ママが産休になると私がメンバー唯一の社員になるということもあり、私への教育方針がスパルタ式になってきた。
パフォーマンスを発揮できないならば、罰金にして、改善がないならばそれを継続するということになってしまった。私は新卒なので、1年は何も言える立場ではないと考え、黙って耐えていた。ミスをしたら罰金になると考えると何をするのにも怖気づいてしまうようになり、ミスが増えたタイミングのときに罰金を言い渡され、それが何か月か続いたある日、中途の社員が入社した。メンバーに配属されることになったが、これが辞めようと思う引き金になった。この増員は産休ママの代わりというより、私を追い出す為と考えるようになり、仕事に身が入らなくなった。
そして、月2回のミーティングが終わったある日、社長と上の人と別に打ち合わせをすることになり、契約社員になるか辞めるかを迫られた。
その場では即答せずに、後日辞める旨を伝えてからは、完全に周りが無関心モードに。毎日報告書を送り、厳しい内容の返信を送ってきた身重な方からも一切メールが来なくなった。よく指摘されているうちはまだマシだと言われるが、本当にその通りで、無関心という状況は大変堪えた。
勤務最終日。お世話になったという旨を同報メールで送ったところ、社員で返信が来たのは社長だけ。上司は、彼のブログ(当時は日記だが)に1年ちょっとのお疲れ!というのと、辞める1か月前位にとある芸能人を呼んだイベントの手伝いをしたのだが、それについてちょっと嬉しい?ということが書いてあった。メールではなく公に晒す手段での返信。嬉しいどころかあなたの無神経と周りの無関心で未だに心が病んでいるんですけど。何を考えているんだか。
ママは勤務最終日から2週間後にメールが来ていたが、社長に促されてメール送ってきた感とお詫びと弁解という見苦しい内容。仕事で妊婦を見ると未だにトラウマになる。
会社についても罰金を予告するのは違法行為。辞めて暫くは心の病がひどく、労基署に行けなかったのを悔やんでいるが、社長にモノが言えない社畜ぶりは相変わらず。この性格、なんとかしないと。。。

IT企業に転職したが、給与が安くやめてしまった

中途で入った中小IT企業の給与が、実際にやっている仕事と比べて支払われる額が少なかったため辞めたいと思った。
辞めたいと思った後、数ヶ月後に実際に辞めることになった。

ここで、IT企業の職場を説明すると社員数が30人に満たない中小IT企業の社員は、ほとんど、大手企業に派遣して働くのが一般的だ。
派遣契約のみでなく、業務委託契約という派遣と請負を混合した契約で働くこともある。
ちなみに自社で働くIT技術者は、大手企業、あるいは、中小企業でも自社製品を持っているような会社のみです。
ついでに30人に満たない中小IT企業の社員とありますが、実際は300人を超える会社でもほとんど派遣、あるいは、業務委託契約で働いています。

話を戻して、派遣先から支払われる金額(単価といわれるもの、あるいは、売上げ)と実際の給与がかけ離れていたため短期間でトラブルが数回起きてしまった。
派遣先はお金を払っているが、会社が利益を多くとるために、実際、自分に支払われる給与が安くなってしまった。
かつ、派遣先からすると想定より高いお金を支払っているにも関わらず、私が期待している能力がないため、派遣先の評価が低くなってしまった。
極端な例をあげると、派遣先は年収1000万円を稼ぐ力のあるスーパーSEを期待していたが、ふたを開けたら、ただの技術者だった。
当然、私が普通の技術者だから高い要求をされても出来ないものは出来ないからしょうがないのだが。
自分の中で真剣に考えた結果、今後、がんばっても派遣先と良好な関係を構築して給与が上がることが見込めないと悟って限界を感じた。

さらに、その当時は、案件契約と言われる派遣先から支払われる金額で給与が変動する契約社員で働いていた。
要するに派遣元がお金をたくさん払えば売上げがあがるため、給与が上がり、逆に派遣元からのお金が下がると給与が下がる。
当然、契約社員のため派遣先がない状態だと自宅待機となって収入がなくなってしまう。
だから、1つの派遣先が終わって、次の派遣先で働く間に1週間の空いた期間が出来てしまった場合、当然、次の派遣先での初月の
給与は1ヶ月を4週間すると支払われる給与は3週間分となってしまう。
自分自身、契約社員といった雇用関係の不安定さをよく理解していなかった。
また、中小のIT企業では、当時不況だったせいか、他の昔からいる社員の生活を維持するため、新しく入った人の売上げを会社の赤字補填に充当する傾向がある。
自分の中で売上げを赤字補填に使われても将来がなく辞めることにした。

※なお、転職後は私、派遣先でのトラブルはほとんどなく3年近く経過しています。

ある会社に派遣されたときのこと

ITサービス業に派遣された時のこと。
そのITサービス社も流通会社にプログラムの改正を依頼し、私を含め5名で常駐という形で仕事をしていました。
私と同じ待遇(別の派遣会社から来ていました)の同世代の女性がいたので、最初は和気あいあいと楽しく仕事をしていました。
年齢が近いということもあり、また、趣味もよく似ていたので、気が合い、お昼や休憩時間も、また、退社後も一緒にご飯を食べに行ったりしていました。
でも、いつからか、ロッカールームで会って挨拶しても返してくれない、私がロッカーに入っていくと避けるように出ていく、話しかけても答えてくれない、お昼休みも別々...という日が出てくるようになりました。
私の気のせいかな?とか、納期も迫ってきていたので、いらだち始めていたのか、機嫌が悪いのだろうと思っていたのですが、お昼も食べに行くところがだいたい決まっていたのでどうしても会うことになるのですが、私を見ると席を離れて行ってしまいます。
悪口を言ったとか、非難するようなことは全くしていないし、身に覚えがないのです。
私がしていた作業は、プログラムを見て、対象のコードを探し出しマーカーしていくことでした。
何度も見直して間違いがないことを確認し、上司へ提出していたのですが、私が提出したものを彼女が添削し、あら捜しをはじめ、「あーあ、外注は役に立つはずなのに、この外注は害虫やわ」と言い始めました。最初は気にも留めなかったのですが、私の顔を見るたびに日に何度も言うのです。
上司も毎日それを見ていて、グループ内の雰囲気が悪くなるので注意をするのですがそんなの構わず言いまくります。
席も近かったのを離してもらい、できるだけかかわらないようにしようと思っていても、仕事以外では私を避けるのに、仕事中はわざと近くに寄ってきて、「あーあ、外注さん、あなたは害虫やわ」とっていうのです。
これが毎日ともなると、私が仕事でミスをしたのではないか、何か失敗したのではないかと自分を責めはじめ、体が不調になってき始めました。
上司も私にも「気にしないように。」というのですが、毎日言われ続け、身がもたなくなりはじめたので、派遣元に相談し、契約更新をしない旨を伝えました。
流通会社の担当者も「契約更新して残って欲しい。彼女とは別の部署の仕事を用意するから」と派遣としては派遣先からそのように言われるのはとてもうれしいことなのですが、彼女と同じ会社にいること自体苦痛なので辞退させていただきました。
いままで色々な人と仕事をしてきたけれど、彼女ほど私を仕事を辞めたい、と思わせた人はいませんでした。