子供の笑顔が毎日見たい!SEを辞めたいと思ったとき

私が仕事をやめた理由は、家事、育児との両立が難しいからです。
よくある理由だと思います。
でも、現実は思った以上につらいものでした。

私はIT企業に勤めるSEでした。
規模は100人そこそこ。
ほぼ全員が客先常駐型の、よく言うITドカタというやつです。

仕事はハードでしたが、割とアットホームな雰囲気の会社で、独身の頃は居心地の良さも感じていました。
入社5年目くらいで結婚。
入社6年目くらいで妊娠。
育児休暇も問題なく取らせていただいて、感謝もしていました。
しかし、私以外に育児をしながらSEを続けている人は、
1人しかいませんでした。
私を含めて100人中2人だけだったのです。

それ以外は大半が独身男性。
既婚者の男性で子供もいる人は、時短勤務で働いている私を理解してくれる人も多かったと思います。
しかし、独身で周りに子育てというものをしている人がいない人にとっては、どうしても理解できないようでした。
「こんなに忙しいのに、子供がいるからってなんで5時で帰るんだ???」
「バグが見つかったのに何で解決してから帰らないんだ???」
私自身も、毎日「もう少し残業できたら・・・。」と思いながら帰る毎日でした。

月に一度、社外に出ている人もみんな集まって会議をやるのですが、みんな客先での業務が終了した後に集まるので、夜の7時からやっていました。
私は保育園のお迎えがあるという理由でずっと欠席していました。
理解してくれている人は「今は仕方がない」と思ってくれているようでしたが、納得できない人もいたようです。
それに、会議に出席しないということは、発言の機会もないということなので、自分から周りの人に理解を求めることも出来ませんでした。

仕事を中途半端で終わらせて、走って電車に乗って帰って、6時に保育園にお迎えに行くと、子供は毎日のように泣いていました。
「○○ちゃんも、○○くんも、もうとっくにお迎え来てんだよ。なんでママは遅いの?」
子供には私の仕事の状況なんてわかるはずがありません。
周りの友達がみんなお母さんと帰っていくのを見送って、毎日最後になってしまう自分がさみしくてしょうがないのです。

辞める決意をしたのは、子供の笑顔が少なく思えたときです。
毎日ドタバタで保育園に送って、仕事が終わって帰ってきてからもやっぱりドタバタで。
これでは子供の笑顔を見る暇がないことに気が付きました。

自分のスキルアップよりも、子供にゆっくり絵本を本であげる時間のほうが重要に思えました。
毎日毎日、子供は成長し、違う顔を見せてくれます。
それを見ないで仕事ばかりしているのはもったいない!!

私が仕事をやめたのはそんな理由です。

今では家で出来る仕事に切り替えて、午後4時にはお迎えに行っています。
そして保育園の帰りには公園で遊んできています。
子供もよく笑い、毎日が充実しています。

その代わり、収入は激減ですが・・・。

技術営業アシスタントを英語が苦痛になり辞めました

派遣スタッフとして勤務することになったのは半導体メーカーの技術営業のアシスタントです。
同業の経験はなかったのですが、滞りなく事務作業を受け持っていました。
仕事内容としては、受注の受付、在庫の管理、出荷の処理、所要の管理、雑務処理で、難しいと思う業務はほとんどありませんでした。
ただ唯一困ることがあったのは「英語」です。
派遣の条件として英語は提示されておらず、面接で確認した時も英語が出来なくても問題ないとのことでしたが、やはりこの世の中英語から逃げることは出来ないんですよね。
日常の業務を行う上では、取引企業は日本の会社ですし、社内外の担当者も日本人である為英語ができなくても不自由なことはありません。
英語が必要になってくるのは、時々海外の支店の人とやり取りをする時、突然の英語の電話くらいで、パソコンの翻訳ソフトでなんとかこなしていました。
ですが、私もある程度はスムーズに英語での作業や会話ができるようになりたいと会社で募集している英会話のレッスンを受けたりもしましたが、必要にかられていないせいか結局身に付きませんでした。

そうして会社生活を送ること9年。
予想もしていなかったことが起こりました。
それは会社の倒産、外資系企業への吸収合併。

私の会社生活は一変しました。
同業者ではありましたが、会社が変わった以上業務が変わるのは仕方ありません。
ですが、相手は外資系企業。

本社や部署のトップはアメリカ人で、社内での共通言語は必然的に英語ということになったのです。

配属されたのは日本の支社でそこで働いている人は全員日本人なので、仕事を教えてもらう上で困ることはまったくありませんでした。

でも、困ることが圧倒的に多いのです。
まず、「会社共通のマニュアルが英語」

わからないことを探そうと思ってもどこを読めばいいのかわかりません。
そして「数字の取りまとめをしている人が外人」

日本語だと容易に説明できることを英語で説明しなければならない。
「出荷の依頼をする部署がアメリカ」
細かい指定の連絡を英語でしなければならないのですが、どう訳せばいいのかわからず仕事が進みませんでした。

「会議の主催者がアメリカ人」
会議も英語、資料も英語、翻訳しながらなんてまったく追いつかず、数時間苦痛な時間が続きました。

おまけに会議中は一緒に参加している人も通訳はしてくれませんでした。
そんな毎日を送っている中、パソコンで行う社内教育もこなさなければなりませんでした。

問題も選択の答えもすべて英語。
説明動画も英語。
もうお手上げです。

言葉の壁で仕事が思うように進まず、毎日終電近くまで働いている状態で約半年が過ぎた頃、もう精神的な苦痛が限界になり辞めることを考えるようになりました。

その頃ちょうど結婚の話も進んでいたので運よく寿退社という形で会社を辞めましたが、もし普通に辞めるとなると色々面倒だったんだろうなと今思ってもゾっとします。

やめてからの気分の爽快さといったら言葉では言い表せません。
忙しすぎるより精神席に追いつめられるほうが疲れが倍増するものなのだということを実感した半年だったように思います。

半導体製造の大企業に見切りをつけてステップアップ!するため会社を辞めました

私が会社を辞めたのは52歳の時です。

仕事内容は半導体製造メーカーの技術営業を担当しておりました。

長年勤めた会社を早期退職し、起業しました。現在は小さな会社を経営しております。

辞めた理由は大きく4つあります。

  1. 情実人事に嫌気がさしたこと
  2. 長年早期退職して起業したいという夢があったこと
  3. 会社に早期退職制度ができたこと
  4. 子供たちが自立したことこの4つです。

恐らくこの4つの理由のどれかがかけていたら、退職しなかったと思います。

特に2)から4)の理由です。最大の理由は1)の情実人事です。

どの会社にもよくあることだと思います。

これは私の感覚ですが、昇進している人間の8割程は上層部の受けが良い人間で占められていました。

こんな程度の人間がという人間がポストを得ていることに腹立たしく思っていました。

そもそも、改革意識の高い人間は、上層部の理不尽な政策に黙っていません。ところが、黙って従う人間ばかりが昇進します。

サラリーマン社会は、組織ですから、事を荒立てない人間で上層部を占める方が得策ともいえますが、そういう情実人事で会社を運営しているから、多くの日本企業がグローバルな闘いで勝てなくなり、商品のサービスも生まれず、経済が長期に停滞していると考えています。

改革意識は、企業存立の意義として芽生え、発言しているのに、こういう人間は黙殺されます。私が典型的でした。見方を変えれば使い難いと判断されたのでしょうが、そうであるならば会社にいる意味が無い。

勤務するモチベーションは下がる一方の時に、理由の3)と4)が現実化したのです。会社は巨大な赤字を計上しました。

リストラという必要も出て来ました。とはいえ、巨大企業であり、労組もあり、福利厚生面でも優遇されている会社でしたから、いきなり管理職を解雇というようなことはできません。社員全体に希望退職を募るという制度が急にしかも短期的な決断を求められて発令されたのです。

多くの社員は親方日の丸の人たちなので、この制度を積極利用しようとはしませんでしたが、上記のモチベーションがある私にはうってつけの制度に映りました。即決断し、会社が制度化したこの早期対象制度を使って、長年勤めた会社にけりをつけました。そして、数ヶ月のうちに起業し、現在に至っています。こういう選択をする人間は、日本の社会では多くは無いと思いますが、申し上げたいのは、理不尽な会社の対応に我慢するだけが人生ではないということです。

仕事は困難が多いもの。その困難のひとつに人事も含まれます。

人事というのは、差別的だと感じることがあるものです。その原因を探ると、会社の方針に合致しているのか合致していないのかにかかわる、意見対立が大きいと思います。情勢に応じて会社の判断は変わるもの。

その時々で良し悪しは変わります。大事なのは、自由闊達に意見が言える組織化どうかだと私は思っています。その結果、決まったことには従わざるを得ません。そうでなければ組織は成り立ちませんから。

しかし、そもそも自由闊達な議論をつぶし、現経営陣に異論を唱えるだけでつぶされてしまう組織なら、会社という組織としての存立意義をそもそもなしていないと思うのです。

そういう会社には将来性があるとは思えません。多くの方々が、そうはいっても長年勤め、愛着もあり、他に用意に食につけないと思えば、我慢して勤務するのでしょうが、自分の人生哲学や、精神状態の忍耐を超えてまで、しがみつく必要は無いと考えます。

その為にも、きちんとした自己を日々作っておく必要があります。どんな状況でも躊躇せず、行動できる自分であることが、会社に残るか退職するかという、人生の大きな判断の場に、圧倒的に必要だと思います。

ITベンチャー企業への転職、結婚、ストレスが重なりうつ病に!

元々、5年ほど前からパニック障害を患っており、薬の副作用からか体調不良が多かったり、気分の優れない時が多かったです。
けれど、月に1度の通院と、毎日の服薬のおかげで仕事には特に支障なく働けておりました。

付き合っていた彼と同棲を始め、大手のベンチャーIT企業へ転職をすることができ、六本木ヒルズのオフィスで働くという夢に見た生活を送っていました。
しかし、同棲していた彼と結婚して1ヶ月ほど経ったくらいから、疲れがとれなくなりました。

最初は毎日の残業や、優秀な人材が私の後からたくさん入社してくるようになった為、よくある社会でのストレスだと思っていました。

それから暫くが経ち、朝起きたら身体中が痛くて起き上がれなくて会社を休むことになったり、休みの日は何のやる気も起きず1日中寝ていたり、慣れているはずの電車で急にパニックに陥り会社を遅刻したり、急に涙が止まらなくなったり、好きだった料理も作らなくなったりとと、自分でも異常を感じ始めました。

家に帰っても常にイライラし、夫に当たり、同棲して半年くらいは全く喧嘩をしていなかったのですが、私の言動や行動で夫と言い合いになることが多くなったりと気持ちも寂しくなり始めました。

そして、ある時の喧嘩の際、夫に「ここ1ヶ月くらい◯◯の優しかった目がすごく険しい目になっている」と言われ、ハッとしました。

自分のことしか考えておらず、自分だけが大変で苦しいと思っていましたが、一番近くにいる人にも悲しい思いをさせ、たくさん迷惑をかけてしまっていたんだと気付きました。

それから暫くは実家から会社に通うなどしていましたが、実家でも何もせずに1日が過ぎていき、やはり普通の状態ではなかったようで、両親には肩書きは捨てて、会社を辞めることを勧められました。

義父、義母も心配してくださり、すぐにでも会社を辞めるべきだと言われました。
そして、病院に行った結果、病名は【うつ病】。

恐らく、結婚して自然と出てきた責任感や、仕事をしていても家事を100%こなしたい気持ち、仕事ではもっともっと上にあがりたいから120%の力でやろうと気張り、勝手に自分で自分を追い詰めてしまい、その結果が【うつ病】でした。

結婚生活には何の不満もなく、夫は何に対してもとても協力的で、仕事を辞めることに関しても賛成してくれています。

家族皆の意見も踏まえ、現在休職をし主婦生活を送っていますが、自分の為にも家族の為にも、一旦仕事を辞めようと考えています。

結婚してもバリバリ働くことが私の夢でしたが、実際理想と現実は違うんだなと実感しています。

ずっと仕事をしてきていたので仕事を辞めることには物凄い迷いがありますが、また完全に復活できると言い切れる時がきたら、社会復帰をしたいと考えています。

欠陥商品を開発して責任をとらない技術者と、尻ぬぐいさせられる技術営業

私が結構前にブラック企業に勤めていた時の話です。

その会社は某電子機器メーカーで、名前こそ知られていませんが、皆さんが1日街を歩けば必ず見かける商品を作っている会社です。
当然ながら、収益性も高いし、対外的には一流メーカーということになっています。

私がその会社に転職したのも、ある程度将来性が期待できること、当時26歳の私が技術職に就く条件を提示されたことが志望動機でした。

就職してみて、会社の収益率は本当に高いことは実感しました。
しかし、私が配属されたのは技術職ではなく営業職(正確には営業技術)でした。
はっきり言って、その時点で辞めるべきでしたが、私は「営業技術」という言葉に騙されました。

その会社では、一応は技術研修は受けさせてくれたのですが、到底同業他社企業の程レベルのものではありませんでした。
また、会社が金を出す以上、習ったことはすべて公開するルールが有りました。

例えば、プログラミングの講習を受講した時のことです。
私は、習得したプログラミング技術を使って、テキストファイルを暗号化するサンプルを作成し、発表しました。

しかしながら、偉いさんが、「俺は素人だから、お前がやっていることはわからん」とか好き勝手なことを言い、

MS-DOSとかOSの説明をさせられた上で、私が用意した説明資料を紙の無駄だと罵倒する等されました。。。
これだけでも、充分にやる気をそがれます。

しかし、私が本当に辞めたいと思ったのは、会社が作っている商品が欠陥だらけで、会社がその欠陥を直せないことです。

私の部門は、会社の主力製品ではなく、今後伸びるであろう製品を販売していたのですが、その制御ソフトウェアに不具合が大量にあったのです。

例えば、その製品にデータ転送する際に、ライバル企業の10倍の時間が掛かるとか、複雑なデータを作成するとデータが不可逆的に破壊される(パーツを100個以上配置するとデータが壊れる。一旦壊れると、99個に減らしても復旧しない等。)

このような不具合の為、私は顧客を回ったりしてサポートし、毎日終電で帰宅してました。
しかし、製品の開発者は19時位で上がってしまう有様です。
要するに、製品開発のマネジメントが出来ていなかったのでしょう。

結局、やりたい仕事でない上に、開発者の不具合の始末を私がつけることに納得できず、会社をやめることにしましたが、
その会社は、就業規則として、「会社を辞める人は有給を取れない」という訳の分からない社則を作ることも忘れてません。

私は、スキルを磨いた人が報われず、社内の政治力学で残業時間が決まるような職場はこりごりですが、転職しないと分からないことも多く、困ったものです。