ブラック商社で営業をしているが、すぐにでも仕事を辞めたいと思っている

ブラック企業という言葉をよく耳にするようになりましたが、私の経験は色で言えば緑です。
労働時間や給料など、ブラックと言われる企業ではありませんでしたが、毎回首を傾げることばかりでした。

最初に気になったのが、採用面接の際には全く気にならなかったのですが、社内が暗いのです。

節電という言葉をよく耳にする時代になりましたが、字を書けない、読めないくらい暗いのです。

経費節約という言葉をよく使う会社でしたが、やりすぎでした。

働いて数日で気になったのは、社内での会話が全くないことです。

休憩時間も各自もくもくと食事をとり、全く話をしません。

仕事に対する疑問、質問もしにくい環境で、本当に息苦しかったです。

営業として入社した以上、同行というものがありました。

未経験の業界・職種だったため、同行があり安心したことを覚えています。

しかし、同行の際に運転する営業マンの運転が、あまりにもひどいのです。

雨の日は、ワイパーを最高速で使用する操作能力と、急発信・急停車を繰り返す運転技術は、一人でも絶対にやらない運転でした。

毎日車酔いの日々に3ヶ月耐えましたが、二度と経験したくない体験です。

例の暗い社内では、表裏ありありの発言を聞く日々でした。

小さい会社で、年齢もバラバラ、仕事も分担してやっていかねくては進まないのに、これでは何も進みません。

自分はこの会社で何ができるのか、真剣に考える日々でした。
退職の決めてとなったのは、全く定まらない会社の方向です。
会議という名の講演会を聞きながら翌日から実行に移すのですが、数日で方針が変わりました。
再度方針を確認したところ、会議の内容は最初からなかったかのようになっていました。
ここまでブレた会社で働いたのは、この企業が最初で最後です。

退職を考えたのは、全く見えない未来と、仕事に対する意欲の低下でした。
仕事をするにはモチベーションが必要です。

営業職のモチベーションは社外での仕事の成果にあると思っています。
どうやって相手に理解してもらい、ものを買ってもらうかを考えるのが営業の仕事の楽しさだと思います。

同行が終わり、単独で営業することになってからも、日々の報告はもちろん、お客様と電話で話した内容まで逐一報告を義務付けられました。

会社員である以上、管理されて当然だと思いますが、営業を管理する前に、社内の管理をすべきだと、日々感じていました。

この経験をもとに、新しい企業を探し、今は本当に恵まれた社会人生活を送っています。
不思議な企業に勤めた経験から、求人を見る際も注目する場所が変わりました。
あの経験があったからこし、今の自分があると思います。

こちらのブログには理系ブラックな仕事を辞めたいという内容の記事しかありませんが、私が作成している大規模なブログがあります。

サイトタイトルは仕事を辞めたい理由教えて!というもので、多くの読者からコメントを貰っているサイトです。

ぜひ、こちらのブログも併せて参考にして下さい。

⇒ 仕事を辞めたい理由教えて!

上司のパワハラに耐えていた、介護系IT職種

介護のIT室で働いていました自分は前の会社をパワハラ対策をしましたが辞めましたが、パワハラで辞めたいと思っている方にはアドバイスします。パワハラは自分は介護からパソコンの異動になりました。そこの上司は40歳の女性のインテリ女性でした。異動する前から自分は潰されてしまうと周りから言われていました。

さっそく異動してみて、教育指導があると聞いて異動しましたが、全く教育体制はできていませんでした。だからパソコンスキルがない自分には専門用語などさっぱりわからなくて、上司からは使い物にならない扱いを受けていました。

さすがに人格攻撃された時は辞めたくなりました。なんとか頑張ってパソコンスキルをあげようとしましたが、即戦力を求めてパワハラをする上司の対策をしてやるにはきついから上の上司に相談して異動にさせてもらいました。さすがにこれは勇気がいると思いますが、精神的に病んでしまってから復帰するにはかなりな時間がかかってしまうので、もしも今会社を辞めたい方がいましたら異動願いや上司に相談するのもいいかもしれません。

自分は上司の対策ををまた上の上司が知っていましたからすぐに異動することができました。でも後悔しているのはもう少し粘りが自分には足りなかったのかなあと思っています。

よくすぐに合わなくて辞めてしまうのはもったいなくて、少しは我慢して、仕事をする必要性はあると思います。これからは仕事を辞めたいと思ったら何故辞めたい理由を自分にといてください。わがままな自分もいるかもしれませんし、上司のパワハラやセクハラやいじめなどがあるかもしれませんし。そうした時は副業するのも一つの手かなあと思います。副業して収入源をたくさん持っていると足かに安定すると思います。

パワハラももしかしたら身分保証がついたら精神的に安定して働けると思います。組織は上にいけばいくほど、いろいろ知ってしまい、利益相反をしている人もたくさんしますね。仕事を辞める覚悟はかなりな精神的なものや、経済的に損失がたくさんで努力はたくさんあります。ぜひとも自分は会社に縛られたくない社会作りをしたくなくなりたす。会社を辞めたいと思った経緯などはかなり大事だから、しっかりと経過と上司の、相談をした方がいいと思います。ネットは自宅で企業もできますから。

これからは個人の働き方が変わっていきますので注意をつけるのも大事になってくると思います。無理だけはしないでくださいね。

心が折れてしまい、IT系での営業を辞めることにしました

新卒で入社したIT系の企業。
営業職は、今時珍しいバリバリの体育会系の企業でした。
毎日のテレアポ、お客様だけでなく上長からも怒鳴られる日々。
残った仕事を片付けるため、土日の出社は当たり前。
精神的にも体力的にも辛く、プライドはボロボロで、毎日泣いていました。

しかし、私は簡単に辞めようとはしませんでした。
すぐに辞職して第二新卒として就職活動を再開させても、ろくな就職先なぞそうそうない事を理解していた為です。
また、営業職として成功されていた先輩方は、皆さん非常にかっこ良く、ケタ違いの給与を勝ち取っていました。
「今まで散々親不孝してしまったのだから、耐えて稼いで、親孝行をする」
その思いが非常に強かった為、不思議と会社に対する愚痴は起きなかったものです。

実際、仕事は難しかったものの、沢山の印象に残る経験をさせて頂きました。
上場企業の役員クラスのクライアントの接待、社長との面談、同期との派手なストレス発散…。
「俺はきっと正しい道を歩んでいるのだ!」そう確信していました。

しかし、やる気とは裏腹に、私の能力の向上は非常にゆるやかなものでした。
入社後4ヶ月にして、上司のアシストもありようやく契約を一本頂いたのですが、その後は連戦連敗。
同期は次々と去っていきましたが、残った同期は非常に優秀。
成果を残し続ける同期と自分を比較し、焦りばかり募りました。

営業マン失格を言い渡されたのは、そんな時でした。
「結果も残せてないヤツが、何営業なんて名乗っちゃってるの」
役員からの厳しいツメ。悔しかったですが、事実その通りでした。
何も言い返せず、降格を受け入れました。

こうして私は、営業マンの下で働くこととなりました。
元同期の雑用をするのは、精神的に苦痛でもありました。
ですが、ここで泣いても仕方がない。必死に耐えて、いつかは成功する。
そう思いながら、努めて明るく雑用でも何でもこなしました。

そんな頑張りが認められたのか、雑用係としてはなかなかの評価を得ました。
今までロクに認められなかったもので嬉しくなった私は、喜んで土日も一生懸命働きました。
そして、さらに評価は向上しました。
時には体調を崩した営業マンの代わりにお客様と話すなど、再び営業マンとしての仕事をこなすこともありました。

ですが、そんな希望に満ちた私は、遂に心が折れることとなります。
4月の時点で提示された給与は、現行のものを下回る額。
さらに、「勘違いしているみたいだけど、お前あんま価値出てないよ」という上司からのツメ。

頭が混乱しました。
そして、休職手続きを行い、そのまま退職という形になってしまいました。
休職中は、一日中自宅で泣いていたような気がします。

今思えば、もう少し忍耐が必要だったと思います。
「価値が出てない?じゃあ価値を出してみせますよ!」という心意気があるべきだったと思います。
しかし、それと同時に自分はそもそも力不足であったのではないかとも思います。

仕事は楽ではないことを、厳しく教えてくださった企業でした。
当時は少し恨みはしましたが、今となっては非常に感謝しています。

クレームが多すぎて、耐え切れないサポートスタッフ

 私は、建設関係の現場管理業務に用いる業務用ソフトのカスタマースタッフを行っていました。
 元々パソコンに関する知識をそれほど持っていたわけではありませんでした。
 それまでは、人と接する仕事をよく行っており、電話応対についても少なからず経験がありました。
 また、会社の方にも、パソコン関係の知識は働きながら身に付けていくしかないというお話を面接の時に受け、それならばと就いた仕事でした。
 実際のところ、パソコンに関する知識を仕事で使うことはそれほど多くなく、これならばとやっていけそうだと感じていたのです。
 ただ、勤めていくに従い、対応するサポート内容が増えるに従って、その考えが甘かったことに気付いたのです。
 それというのは、確かにパソコンに関する知識はそれほど使わなかったのですが、代わりに建設関係の知識が必要であり、寧ろ、それが無いことによる苦痛や苦悩が多かったのです。
 お客様は、基本的に現場で弊社のソフトを利用しており、サポートは当然その現場に合わせたものが求められます。
 つまり、現場をイメージできなければ、弊社のソフトの使用方法をいくら理解していたとしても、対応は非常に困難を極めるのです。
 また、建設関係に勤めている方々は、その仕事柄、言葉遣いや対応が厳しくなりがちです。特に、期限が迫る中で慌ただしく仕事を行っていることが多いため、気性も荒くなりがちで、クレームはもちろんとして、単純な操作の説明を求められるだけでも、罵声が飛んでくることは珍しくありません。
 繁忙期には、そういった電話が休む間もなくやってきて、ただでさえ聞き苦しい罵声を切れまなく浴びることになります。
 結果的に、私は精神的に追い詰められ、疲弊していきました。
 給料がそれほど高くないことが、その疲弊に拍車をかけ、もはや、生活にすら余裕を持てなくなりました。
 仕事も行えば行うほど、何かを言えば罵声が飛んでくるのではないかと感じるようになり、日に日に、話す言葉自体おぼつかなくなっていきました。
 いっそ言葉を発すること自体に躊躇いが生まれ始め、それによって更にクレームが増えるという悪循環に陥ってしまったのです。
 このままでは、会社にも自分にも良いことはないと感じ、私はこの仕事を辞めることにしました。
 今となっては、電話に出るにあたって若干の恐怖を感じることはありますが、話すことは普通にできるように戻り、精神的にも負担が減ったため、生活は気楽なものになりました。
 仕事を甘く考えていた面はあると思いますが、その仕事がどういうものか事前にしっかりと調べ、イメージできるようにしていくことの大切を身に染みて感じた、勉強になる経験でした。