技術営業アシスタントを英語が苦痛になり辞めました

派遣スタッフとして勤務することになったのは半導体メーカーの技術営業のアシスタントです。
同業の経験はなかったのですが、滞りなく事務作業を受け持っていました。
仕事内容としては、受注の受付、在庫の管理、出荷の処理、所要の管理、雑務処理で、難しいと思う業務はほとんどありませんでした。
ただ唯一困ることがあったのは「英語」です。
派遣の条件として英語は提示されておらず、面接で確認した時も英語が出来なくても問題ないとのことでしたが、やはりこの世の中英語から逃げることは出来ないんですよね。
日常の業務を行う上では、取引企業は日本の会社ですし、社内外の担当者も日本人である為英語ができなくても不自由なことはありません。
英語が必要になってくるのは、時々海外の支店の人とやり取りをする時、突然の英語の電話くらいで、パソコンの翻訳ソフトでなんとかこなしていました。
ですが、私もある程度はスムーズに英語での作業や会話ができるようになりたいと会社で募集している英会話のレッスンを受けたりもしましたが、必要にかられていないせいか結局身に付きませんでした。

そうして会社生活を送ること9年。
予想もしていなかったことが起こりました。
それは会社の倒産、外資系企業への吸収合併。

私の会社生活は一変しました。
同業者ではありましたが、会社が変わった以上業務が変わるのは仕方ありません。
ですが、相手は外資系企業。

本社や部署のトップはアメリカ人で、社内での共通言語は必然的に英語ということになったのです。

配属されたのは日本の支社でそこで働いている人は全員日本人なので、仕事を教えてもらう上で困ることはまったくありませんでした。

でも、困ることが圧倒的に多いのです。
まず、「会社共通のマニュアルが英語」

わからないことを探そうと思ってもどこを読めばいいのかわかりません。
そして「数字の取りまとめをしている人が外人」

日本語だと容易に説明できることを英語で説明しなければならない。
「出荷の依頼をする部署がアメリカ」
細かい指定の連絡を英語でしなければならないのですが、どう訳せばいいのかわからず仕事が進みませんでした。

「会議の主催者がアメリカ人」
会議も英語、資料も英語、翻訳しながらなんてまったく追いつかず、数時間苦痛な時間が続きました。

おまけに会議中は一緒に参加している人も通訳はしてくれませんでした。
そんな毎日を送っている中、パソコンで行う社内教育もこなさなければなりませんでした。

問題も選択の答えもすべて英語。
説明動画も英語。
もうお手上げです。

言葉の壁で仕事が思うように進まず、毎日終電近くまで働いている状態で約半年が過ぎた頃、もう精神的な苦痛が限界になり辞めることを考えるようになりました。

その頃ちょうど結婚の話も進んでいたので運よく寿退社という形で会社を辞めましたが、もし普通に辞めるとなると色々面倒だったんだろうなと今思ってもゾっとします。

やめてからの気分の爽快さといったら言葉では言い表せません。
忙しすぎるより精神席に追いつめられるほうが疲れが倍増するものなのだということを実感した半年だったように思います。

半導体製造の大企業に見切りをつけてステップアップ!するため会社を辞めました

私が会社を辞めたのは52歳の時です。

仕事内容は半導体製造メーカーの技術営業を担当しておりました。

長年勤めた会社を早期退職し、起業しました。現在は小さな会社を経営しております。

辞めた理由は大きく4つあります。

  1. 情実人事に嫌気がさしたこと
  2. 長年早期退職して起業したいという夢があったこと
  3. 会社に早期退職制度ができたこと
  4. 子供たちが自立したことこの4つです。

恐らくこの4つの理由のどれかがかけていたら、退職しなかったと思います。

特に2)から4)の理由です。最大の理由は1)の情実人事です。

どの会社にもよくあることだと思います。

これは私の感覚ですが、昇進している人間の8割程は上層部の受けが良い人間で占められていました。

こんな程度の人間がという人間がポストを得ていることに腹立たしく思っていました。

そもそも、改革意識の高い人間は、上層部の理不尽な政策に黙っていません。ところが、黙って従う人間ばかりが昇進します。

サラリーマン社会は、組織ですから、事を荒立てない人間で上層部を占める方が得策ともいえますが、そういう情実人事で会社を運営しているから、多くの日本企業がグローバルな闘いで勝てなくなり、商品のサービスも生まれず、経済が長期に停滞していると考えています。

改革意識は、企業存立の意義として芽生え、発言しているのに、こういう人間は黙殺されます。私が典型的でした。見方を変えれば使い難いと判断されたのでしょうが、そうであるならば会社にいる意味が無い。

勤務するモチベーションは下がる一方の時に、理由の3)と4)が現実化したのです。会社は巨大な赤字を計上しました。

リストラという必要も出て来ました。とはいえ、巨大企業であり、労組もあり、福利厚生面でも優遇されている会社でしたから、いきなり管理職を解雇というようなことはできません。社員全体に希望退職を募るという制度が急にしかも短期的な決断を求められて発令されたのです。

多くの社員は親方日の丸の人たちなので、この制度を積極利用しようとはしませんでしたが、上記のモチベーションがある私にはうってつけの制度に映りました。即決断し、会社が制度化したこの早期対象制度を使って、長年勤めた会社にけりをつけました。そして、数ヶ月のうちに起業し、現在に至っています。こういう選択をする人間は、日本の社会では多くは無いと思いますが、申し上げたいのは、理不尽な会社の対応に我慢するだけが人生ではないということです。

仕事は困難が多いもの。その困難のひとつに人事も含まれます。

人事というのは、差別的だと感じることがあるものです。その原因を探ると、会社の方針に合致しているのか合致していないのかにかかわる、意見対立が大きいと思います。情勢に応じて会社の判断は変わるもの。

その時々で良し悪しは変わります。大事なのは、自由闊達に意見が言える組織化どうかだと私は思っています。その結果、決まったことには従わざるを得ません。そうでなければ組織は成り立ちませんから。

しかし、そもそも自由闊達な議論をつぶし、現経営陣に異論を唱えるだけでつぶされてしまう組織なら、会社という組織としての存立意義をそもそもなしていないと思うのです。

そういう会社には将来性があるとは思えません。多くの方々が、そうはいっても長年勤め、愛着もあり、他に用意に食につけないと思えば、我慢して勤務するのでしょうが、自分の人生哲学や、精神状態の忍耐を超えてまで、しがみつく必要は無いと考えます。

その為にも、きちんとした自己を日々作っておく必要があります。どんな状況でも躊躇せず、行動できる自分であることが、会社に残るか退職するかという、人生の大きな判断の場に、圧倒的に必要だと思います。